ネットショップはじめました。
ご無沙汰してます。
ここんとこ、ずっとこっちのサイトのメンテナンスをぶっちしててごめんなさい。
この間のメンバー飲み会で、参加した人には話したのですが、実はこことは別に新しくサイトを作っています。
いわゆるネットショップというヤツです。
そこで店長やってます。パンダ店長ってやってます。
何を扱っているかというと、おもちゃです。
大人のおもちゃとちゃいますよ。
正真正銘の子ども向けのおもちゃです。
知育玩具っちゅーやつやったりします。
けっこう真剣に取り組んでます。
だから、サイトで本名を晒し、電話番号も晒してます。
そんなん怖がってたら、商売できまへん。
仕事のないおっさんは、そんなことしてでも働かなあきまへん。
けど、おもちゃって、素人が始めるには利益率悪すぎる
…っていうのをやり始めてから知りました。
送料どんだけかかるねん!
なんか、やっと個人事業主ブログらしいこと書けるかな。
その前に、もっとこっちのブログ使わないとやけど。
トップページにも貼らさせてもらいましたが、
リンク用のバナー作ったので、ここにも貼らせてもらいます。
気が向いたら、見に来てください。
いいのあったら、買ってってください。
ほなね♪
僕の“個人事業”スタイル
今年5月20日をもって、勤めていた会社を辞めました。
といっても、それは、それなりに作戦があってのこと。
会社は、少しでも人件費を削減したい。僕は、もっと拘束時間を減らして欲しい。
そういうお互いの利害関係を一致させるために、一計を案じたものだったのです。
僕は、会社を辞めるには辞めました。
が、その辞めた会社で、机を借り、部屋を間借りするようなカタチで、独立したのです。
つまり、辞めた会社と外注の個人事業主として、契約した…という格好です。
毎日、以前と同じ会社に出勤しながら、以前と同じ仕事もするのですが、
会社のタイムカードを押すこともなく、就業規則に束縛されることもなしに、
以前は拘束されていた時間を自由に過ごすことができるようになりました。
こういう説明をすると、他人からはよく『契約社員になったのね』とよく言われますが、
契約社員でもありません。社員じゃないから、他の仕事も並行してできるのです。
もちろん、そういうちょっと変わった外注先としての契約なので、
いただく報酬も、以前もらっていたサラリーマンとしての給与よりは、
かなり減額になっていますし、保険も年金も、報酬額から自分で支払わなければなりません。
それでも、自分のやりたいことができる自由は、サラリーマン時代には得られなかったものでした。
で、こうした新しい会社との付き合い方も、すべて僕自身が、会社に提案して
受け入れてもらったものだけに、今までに感じたことのなかった“ヤル気”を出すことができています。
今では、僕が勤めていた会社も、社長が代替わりし、新しい体制となって新しい取り組みにチャレンジしています。
今にも潰れそうで、社員みんなが愚痴を言っていた会社の雰囲気が少しはよくなってきた。
その成果なのか、これまでは苦しんできた自主プレゼンも、滑り出しが好調です。
僕も、新しい取り組みとしてネットビジネスにチャレンジするために、いろいろと勉強を始めているところです。
正直、まだまだ予断は許されませんが、いい気分で仕事ができています。
この調子をできるだけ維持して、個人事業主となった僕も、お世話になった(今もお世話になっている)会社も、いっしょに幸せになれたらなぁ…と思っています。
早めに見ておこう!
私も、つい先ほど知ったところなのですが、我々ヴォヤージ・メンバーより、1つ年下の斉藤和義が、数日前に自分の曲をこんな風に替え歌にして動画サイトにアップしていたらしいです。
あまりに問題定義がデカすぎて、すぐに削除になったらしいですが、すぐさま誰かが違うサイトで再アップする…というイタチごっこが始まっているようです。
私自身は「原発を使うのは仕方ないんじゃないのか…」というスタンスなのですが、斉藤和義が行動したことについては、素直にリスペクトできるので、見つけた動画を掲載します。
たぶん、すぐ削除されるんじゃないかと思うので、興味のある方は、お早めにご覧ください。
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斉藤和義「ずっとウソだった」の歌詞
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作詞作曲:斉藤和義
「ずっとウソだった」
この国を歩けば原発が54基
教科書もCMも言ってたよ安全です
俺たちを騙して言い訳は「想定外」
懐かしいあの空くすぐったい黒い雨
ずっとウソだったんだぜ やっぱバレてしまったな
ほんとウソだったんだぜ 原子力は安全です
ずっと嘘だったんだぜ ほうれん草食いてぇなあ
ほんと嘘だったんだぜ 気づいてたろうこの事態
風に舞う放射能はもう止められない
何人が被曝すれば気がついてくれるのこの国の政府
この街を離れてうまい水見つけたかい?
教えてよやっぱいいやもうどこも逃げ場はない
ずっとクソだったんだぜ 東電も北電も中電も九電ももう夢ばかり見てないけど
ずっとクソだったんだぜ それでも続ける気だ
ほんとクソだったんだぜ 何かがしたいこの気持ち
ずっと嘘だったんだぜ ほんとクソだったんだ
Respect for a sweet potato
私が勤めている会社のクソ社長(我々の仲間の「しゃ、ちょう」のことではない)が、この数年、社員たちにボーナスもろくに払っておらず、昇給もしていないことに対して、せめてもの償いとばかりに、毎晩のように何がしかの食事を差し入れてくれる。その気持ちはありがたいのだが、それが、良くてテイクアウトのカレーライスやお好み焼き、悪ければ割引キャンペーン中の牛丼であったり、さらにひどいときには賞味期限切れ間近で定価より20円引きになったオニギリやらサンドウィッチといったメニューなのであって、だから女子率の高い社員の間では、甚だ評判が悪い。
だが、クソ社長(我々の仲間の「しゃ、ちょう」のことではない)はバカだから、そんな社内の空気をみじんも察することもなく、今夜も、自らとぼとぼ歩いて、CoCo壱や、お好み焼き屋やら、松屋やら、コンビニに買い物に出かけるのだ。
そのクソ社長(何度も言うが「しゃ、ちょう」のことではない)が買ってくる差し入れの中に、最近、『焼き芋』という斬新かつシュールなメニューが加わった。
「うちの会社は、女の子が多いから、これはきっと喜んでくれるだろう」とでも思ったのだろうか。何しろ、巨人・大鵬・芋・蛸・南京の時代の人だ。そう思ったとしても当然である。そんなお気楽なクソ社長は(きっぱり断言しておくが「しゃ、ちょう」とは別人である)、事務所に戻ってきて、ほがらかな笑みを浮かべて、みんなに呼びかけるのである。
「みんな。お芋さん、買うてきたから、食べてよ」
その言葉を聞いて、ふと思った。
人は、なぜ、芋のことを、「さん」付けにするのかと。
確かに、食事は、人間が生きていく上で非常に重要な、無くてはならないものである。
しかし、芋以外に、「さん」付けで呼ばれる食材は、ほとんどないのではないか。
しかも「さん」付けだけならまだしも、丁寧な言葉遣いであることを表す「お」という接頭語まで付いているのである。
日本人が、それほど敬意を評する食材が、他にあるだろうか?
日本人の間では、食事のことは「ごはん」と総称するのが一般的ではあるが、それには「ご」という接頭語が付いてはいるが、「ごはんさん」と「さん」付けまではしない。
また、日本で「ごはん」とは、「米」を指示している場合が多いが、その日本人の主食たる「米」でさえ、「お米さん」と最大の尊敬の念を込めて呼ばれる機会は、ごくごく稀なのである。
ましてや「おパンさん」、「おパスタさん」「おミルフィーユさん」などという言葉は、後にも先にも一度たりとも聞いたことがないのだ。
また、芋を「お芋さん」と最上級の敬語で呼ぶのは日本人特有の、美しい文化である。なぜなら、英語で「ミスター・ポテト」とか、「ミス・ポテト」とか、「サー・ポテト」とか、「プロフェッサー・ポテト」とか、そんな言葉は聞いたことがないからである。英語以外の外国の言葉のことは、さっぱり知らないので、実際にはよくわからないが、きっと英語と似たようなもんだろう。
さらに突き詰めれば、「お芋さん」と呼ばれるのは、ジャガイモではなく、サツマイモに限定されている…という点も注目せねばならない。
つまり、我々、現代人は忘れがちになってしまっているが、サツマイモは日本人にとっての、キングフードなのであり、ソウルフードだということなのである。
その理由は、おそらく、糖分多めで栄養価が高そうなあの独特の甘味、土の中でしっかり育ってくれるボリューム感、そして少々荒れた土壌でも栽培しやすいのであろう逞しさ…。
それらの理由でサツマイモは、起源は江戸時代だか明治時代だか知らないし、ウィキペディアでさえ調べようとも思わないが、世の中ぜんたいが食の貧しい時代には、非常にありがたい、尊敬しても仕切れないほどの、有用な食材だったのであろう。
だから、サツマイモは、「お芋さん」と「お」も「さん」も付けて呼ばれるくらい偉い食べ物になったのだ。
以上のことは、すべて私がたった今思いついただけの推察にすぎないが、たぶん、おそらく、きっとそうに違いない、と断言する。
だが、我々の世代にとっては、糖分たっぷりで、栄養価が高くて、病気したときなどはお見舞いにも使われた食材といえば、バナナだったのではないか。
しかし、我々世代の人間は、バナナのことを「バナナさん」や「おバナナ」とは言わないし、ましてや「おバナナさん」などと、バカ丁寧には絶対に言ったりはしない。
それはつまり、食材が豊富に手に入る飽食の時代となって、我々日本人は、食に対して畏敬の念を払う心を失ってしまったのではないだろうか。
我々が少年だった30年ほど前には、「心の豊かさを求める時代」などという言葉がもてはやされたが、実際には、あれほど有り難がっていたバナナに「お」も「さん」も付けない、非常に心の貧しい人間に成り下がっていたのである。
なんという嘆かわしいことか。
今は、エコの時代。食文化を始め、さまざまな場面で現在の生活が見直され、モノを大切にしようと世の中ぜんたいが傾いている時代である。そんな今だからこそ、もう一度、食材に対する畏敬の念を込めて、呼び方まで改めるべき時が来たとは言えないだろうか。
そこで私は、こう呼びかける。
「みなさん、バナナのことは、『おバナナさん』と呼んであげてください」と。
ここまで、私の文章を読んで共感してくださったなら、実際にそうしていただきたい。
『おバナナさん』と呼んであげて。
オレは、絶対に呼ばないけど。恥ずかしいから。
で、私は結局、何が言いたいのかというと、とくにないのである。
ただ、クソ社長が(だから「しゃ、ちょう」とは違うってば)、「お芋さん」と言ってるのがおかしかったので、そこから思いついたことをダラダラ長々と勢いだけで打ち込んだだけなのだ。
あえて、言いたいことがあるとすれば、何度も言っているように、「私の会社のクソ社長と我々の仲間のしゃ、ちょうは全く関係ない別人である」ということぐらいだ。
だから、もし、ここまで真剣に読んでくださった人がいたとしたら、ズボンとパンツを脱いで土下座します。ゴメンナサイ。
あくび
うちの会社の社長の話を聞いていると、あくびが出る。
あくびとは、眠いときや疲れているとき、退屈なときなどに出る生理現象だ。
うちの弟は、あくびをするのは「健康な証拠」といい、
Z-hiro氏は、あくびは「脳が酸素を欲しがっている状況」という。
あくびが起きる原因は諸説あるようだが、実際には、なぜ起こるのかよくわかっていないらしい。ただ、ほ乳類だけでなく、爬虫類や鳥類などでも起こり、発生学的にはかなり古い行動だということはわかっているそうだ。
いやいや、私が話したいのは、あくびが何故起こるのかではなくて、うちの会社の社長の話を聞いているとあくびが出るということである。
問題の原因は、社長にあるのだ。
とにかく、時代遅れで、つまらない。自分勝手で、社員の気持ちを考えていない。
「ロマン」という言葉で、いろいろと大切な言葉を誤魔化してくる。
何かにつけ、後付けの理屈を使って、自分は頭が良くて、いろいろなことを考えている“フリ”をしようとしているのが見え見えで、社員の誰からも信頼されていない。
みんなが、今は他の会社に移れないから、仕方なくこの会社にいるのだと、理解できていない。
とにかく、なんで「この人が、ずっと社長でいられたのだ?」と不思議で仕方がないのだ。
これから会社をこうしようというビジョンもなく、かといって目先の目標もない。いつも、行き当たりばったり。ただ、自分がやりたいようにやりたいだけ。しかも、それをワンマンなスタイルでなく、いかにも社員全員の総意としてやっているように見せかけようとするのだ。
さらに、この会社からは、社員全員2年間、本来はあるはずのボーナスをもらっていない。年に1度の昇級も、先送りにされている。
理由は簡単、社業が儲かっていないからだ。かといって、同じことを繰り返しているだけで、儲かるための別の方策を練ることもしない。ずっと同じところをグルグルグルグル回っているだけだ。
これでは、社員の誰もが、この先、幸せになることができない。社長の勝手な生き様に、10人近い従業員の生活が振り回されてしまっているのだ。
ただ、この社長には、身体に重大な疾病があって、それこそ命がいつ尽きるかも知れないという健康状態でもある。
だから、会社に対して文句を言いたくても、健康面に気を使ってしまって、社員たちは強くは言いきれない状態の中で、みんな鬱陶しい気持ちを抱き続けている。
ただ、そういう愚かな人から私は給料をもらっているのは確かなことなので、そもそも自分にも問題があるということでもある。
その問題を解決するには、まずは、この状況から脱却することだ。
この会社を辞めるのか。
続けるとしたら、どういう気持ち、立場、仕事ぶりで居続けるのか。
辞めた場合、次にどういうことをすればいいのか。
自分に、今の仕事以外、何かできることはあるか。
自分がしたいことは何なのか…。
いろんなことを考えなければいけない。
夜、布団の中で、そういうことを考えると、あくびが出てくる。
結局、自分の将来のことを考えるのも、退屈で面倒くさいことなのかも知れないな。

