このままじゃいかん!
最近は、面白いネタを見つけるのがひと苦労。
すっかり、つまらなくなってるhiroです。
今週も楽しいことはあんまりなく、やれ疲れただの、肩が凝っただの、首が回らん…借金でだのと、
ネガティブな話ばかりをしています。
逆に聞こう。
そんな話のどこが面白い?
つまり、こんなんじゃダメだと思っているわけです。
人様に見ていただいてる日記が、こんな愚痴ばかりでいいはずがない。
もっと面白いものにしたいのだ…と、実際には思っているのです。
が、そうなっていない。あんまり良い傾向ではありません。
楽しいことを見つけられるかどうかは、要は自分の意識がどこに向いているかの問題。
どうやら、今の僕は、自分の心の中ばかりを見ちゃっているわけです。
で、身体の不調を見つけては、過保護にそれを労っている…。
自己憐憫から過剰な自己愛で何も実行しない自分を許してしまっている。
で、他人様にも、今の“不調”具合を押し付けてムリヤリ理解してもらおうとしているのです。
たぶん。
まぁ、人生は長いですし、人それぞれなものですから、そういう時期もあっていいのかも知れませんが、そろそろそういう状態から抜け出したいという気持ちが少しずつ頭をもたげてきました。
これからがんばりますよ。僕の場合、努力しない程度にですけど。
調子いいの?
どもども、口を開けば愚痴ばかり。hiroです。
ところが最近、どうも調子が良いのですよ。体調は相変わらずですが。
以前、得意先の担当者に嫌われたと書いたことがあるのですが、
制作物の性質上、今はその得意先の仕事はなく、他の得意先の仕事のお手伝いをしているのですが、
そちらの方で、それなりに好評価をいただきまして、もしかしたら契約が伸びるかも。
好評価といっても、社内での一部の人に…という条件がつくので、手放しには喜べませんが。
でも、そういう仕事をしていてつくづく思うのは、
僕は20年、コピーライターをやってきたのであって、デザイナーではなかった…ということです。
隣り合っている仕事だし、重複する部分も多い職種なのですが、やはり全然違う仕事だった。
嫌われた得意先の仕事は、デザイン能力が求められるのですが、
いわばやったことのない仕事ばかりだったのです。
もし僕がヤル気がある人間ならば、「よーし、やったことないけど頑張るぞ〜」なんて
思ったりもするのでしょうが、生来、ものぐさな怠け者の僕には、
そんな思いなぞよぎることもありません。
「もうイヤだ。やめたい…」という気持ちばかりが出てくるのです。
でも、今、お手伝いしている仕事は、僕が以前からやっていたプランニング、コピーライティング能力を
求められているので、こちらは少々難しいことであっても、なんとかしてしまえる。
やっぱり餅は餅屋なのだなぁ…と、コピーを褒められた経験が少ない僕でも思ってしまいます。
しかも、自分の仕事としての達成感も得られるのですから、やっぱり慣れた仕事をするべきなんでしょうね。
世の中、チャレンジ精神なんてものも大事だとか言われますが、
自分の基本的な能力を理解してこそ、未知へのチャレンジができるわけで、
やったことないけど、根拠のない自信だけでまったく知らない世界に飛び込んでしまうと、
ずいぶん遠回りなこともあるのだと思います。
さて、明日も、企画書の打ち合わせがあります。
自分の得意分野(?)の仕事なので、のびのびと楽しんでこようと思います。
来たーーーーーーっ!(山本高広の織田裕二風)
このところ、目の疲れがひどい。
目が疲れすぎると、視神経が腫れるのか首の後ろが痛くなる。
これを放っておくと、ひどい偏頭痛を引き起こすので、
温感シップをして寝る毎日が続いている。
これは、一日中、目を使う仕事をしているからだ。
パソコンの画面と資料になる印刷物を交互に見て、
ある程度作業が進むと、ひたすら文字校正。
ホントに目を酷使している。
ずっと机に向かっている仕事なので、
首の痛みだけではなく、肩凝りや腰痛もひどくなる。
最近は、視力まで衰えてきた。
メガネの度数が合わなくなってきたのか、
印刷物の文字が読みづらい。
文字を大きくしてほしいと思うようになってきたのだ。
まったく因果な仕事を選んだものだ…と、
先輩のアートディレクターに愚痴をこぼしたら、
「それは仕事のせいとちゃうよ。老眼やん。」と一笑された。
う〜む…自分は、ぜったい年は取らないと思っていたのだが、
いよいよ本格的に肉体の衰えを実感するようになった。
この視力だけは、もう、なんともならんのだろうなぁ…
DT時代 〜あるいは或る高校生の恋〜
みうらじゅん用語ではドーテーをDTと呼ぶ。これは、僕がまさにDT真っ盛りの頃の話だ。
高校生の頃の僕は、恋をしていた。いくつも恋をしていた。
ガリガリに痩せこけたいかにも頼りないメガネ野郎が、いくつもの恋を同時にできたのは、それはそれらの恋がすべて僕の内面だけで処理されており、どれも対象となった相手に伝わっておらず、僕が勝手に始めて勝手に終わっていたからに過ぎない。
しかし、そのうちの一つだけは、なんとなく相手に伝わったのではないかと思う。
いや。たぶんハッキリ伝わっていただろう。
でも、突然始まって、突然終わったから、彼女は、ビックリしただけで、いったい何だったんだと不思議がっただろう。
高校2年生のとき、僕はクラスメートの女の子に恋をした。
肌が、まさに陶磁器のように白くトゥルントゥルンの女の子で、日本人にしては赤みの強い髪と、黒目がちの目が印象的な女の子だった。
背がそんなに高くなく、いわゆるトランジスタグラマーだったこともよく覚えている。
しかし、彼女のそういう部分に目は行っていたものの、最初の頃は恋する気持ちは薄かった。
彼女を意識し始めたのは、生物のカエルの解剖のとき、他の女の子がギャーギャー喚いて逃げ回る中で、ただ一人、ほぼ平然とした面持ちでメスで心臓を取り出したときだった。
出席番号が近かったので、同じ班だった僕は、その子のことを、ちょっと変な子と思って眺めていた。
でも、ちょっと変な子だったから、僕の中では大いに目立つ存在になっていった。
僕は、2年になってからクラブ活動を美術部に変えた。
僕の入部した頃の美術部は、ほぼ“第2卓球部”もしくは“ピンポン野球部”と呼ばれるような体たらくではあったのだが、それでも文化祭には絵を描いて掲出しなければならない。
で、僕は何を描こうか、いろいろ考えあぐねた挙げ句「あの子を描こう」と思い至った。
しかし、その子に「モデルになってください」という勇気がない。
「断られたらどうしよう?」とか、「変なヤツに思われたらどうしよう?」という思いが先に立って、なかなかダイヤルを回せなかった。
でもそれでは絵は描けないままに終わってしまうし、これはチャンスなのだという思いもある。
僕はなけなしの勇気を振り絞って、彼女に電話をした。
「いいよ」と、彼女は割とあっさり了解してくれた。
正直、さんざん悩んだのにあっさりOKをもらえてしまって、僕は逆に肩すかしを食ったような気がした。
それから後は、学校や、放課後帰宅してから電話で、僕は彼女と少しだけ話すようになった。
しかし、それでも僕は異様なまでにドキドキしていて、不安で不安でならなかった。
だから会話も弾まないし、あっという間に終わってしまった。
彼女は、そういう僕を相手に、ずっと淡々としていたが、実際にはどんなふうに思っていたのだろう。
絵のモデルといっても、彼女を目の前に座らせて、生身の姿を描く訳ではない。
彼女の写真を撮らせてもらって、それを見ながら描くのである。
で、僕は、当時写真部だったkakkaをカメラマンに仕立てて、彼女の写真を撮ってもらうことにした。
当時のkakkaは、学校で厚い信頼を得ている男だったので、その方が彼女も安心すると思ったのだ。
すると彼女も「○○さんを連れて行ってもいい?」と提案をしてきた。
当時の○○さんは、学校でもある意味で評判だった女の子だったので、僕はガッカリした。
僕たちは日曜日に、4人連れ立ってポートアイランドに行った。
そして、36枚撮りのフィルムを使い切るまで、彼女を撮影した。
そのとき、何を話したのか覚えていない。他に何かして遊んだかも覚えていない。
ただ、夏の終わりの強い日差しで、眩しかったことだけは覚えている。
そうして上がってきた写真の中から、僕は、彼女が異人館のテーブルで休んでいる姿を選び、それを描くことにした。
美術準備室にあった大きめのキャンバスをイーゼルに立て、僕は下絵から少しずつ油絵を塗り重ねていった。
今、思い出してみると、当時、僕と彼女の席は前後に並んでいたように思う。
僕の前の席の彼女に、焼き増しした写真を渡したことは記憶している。
いや、他にも、手紙やら何やら渡した。
思い出すだけでも恥ずかしいのは、僕は彼女の似顔絵を描いて渡していたことだ。
「ありがとう」と、彼女はまた無表情にお礼を言ってくれた。
僕は、もうそれだけで恥ずかしくて、すぐに俯いてしまった。
ある日、僕は思いを押さえ切れなくなり、彼女に「二人で一緒に映画を見に行こう」と電話をした。
彼女の答えは「考えとく」だった。
当時の不安ばかりで自信のない僕にとって、女の子の「考えとく」という言葉は断りの言葉と同じだった。
僕の気持ちは、それで一気に失恋モードへと突入していった。
数日して、僕は彼女に「映画は、一人で行くよ」と言った。
彼女は不思議そうな顔をしながら、淡々と「うん。わかった」と答えた。
僕はまた、すぐに俯いた。
そこから、僕は、彼女と話すことはなくなってしまった。
ただ、美術教室で彼女の絵を描くばかりになった。
彼女の顔は、もっとこうだ。ここは写真ではこう見えるけど、実際にはこうだ…
なんてことを思いながら、何度も何度もさまざまな色の絵の具をキャンバスに塗り重ねた。
一通り塗り終えても、まだ違うという気持ちが湧き出てきて、何度も何度も塗り直した。
けど、結局、僕が満足いくところまでは完成させることができなかった。
その絵は、同じ美術部のクラスメートには冷やかされ、東京の芸大に行った先輩には褒められた。
文化祭の折に掲出したときには、何人かの人が見てくれただろう。その人たちの評価は知らない。
中途半端に描き終わった絵だけれど、中途半端な僕にはそこまでしか描けなかった。
僕は、その絵を持って帰ることもなく、美術準備室に眠らせてしまった。
今、あのキャンバスは、どうなっているんだろう。
きっと、何年か後の後輩が、絵の具を削り、ホワイトを上塗りして、
全然違う絵が描かれているんだろうな。
オヤジたちの“恋”の話
5月4日の日曜日、V-oyageのメンバーで飲み会をやりました。
その折に、しゃ、ちょうから面白い提案が。
メンバーズブログのテーマをひとつに絞って、みんながそれぞれに
自分の思いを綴ってみてはどうか…というものでした。
うん。それは面白い、ということで、その場で企画が決定。
そして、その最初のテーマが『恋』ということになりました。
ははは…これは、さらに面白い。みんなの書きあぐねる顔が目に浮かびます。
と、そうやって他人事のように笑っている僕ですが、
僕自身はどうかというと、実は、自分でインターネットサイトを始めたきっかけが、
ひとつの痛い恋でしたし、その後も、いくつか恋愛をしてきたので、
書こうと思えば、それなりには書くことができるのですが…
ちょっと間を置いて書きたいこともあるので、
来週か再来週ぐらいに、アップしたいと思っています。
という訳で、V-oyageのブログ企画第一弾『オヤジの恋』を、
5月いっぱいをメドに、メンバー全員で思い思いにアップしていきます。
V-oyageに集まった、職業も性格もバラバラなオヤジたちが、
『恋』について、どのように考えているのか、
知りたいような、知りたくないような、この微妙に好奇心をくすぐる
新企画に、どうぞご期待ください…というか、もう始まってますのでお楽しみください。
