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2010年10月11日

SE工哀歌 -15の時-

 成り行きで田崎監督の「Sh15uya(シブヤ15)」を観ました。
正直、面白かったです。
チョット感動の最終話でした
(個人的には、村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の最後を思い出してしまいましたが)。

 架空の街「シブヤ」に登場するのは、一部の大人を除いて15歳の少年少女だけ。
自分の15歳ってどうだったろうと無駄に考えたりしてしまいました。

 毎日、何かイヤな事があった中学校の3年生。
1日も早く終わることだけを考えていた中学生活。
それとも、劣等感の塊りのような高校1年生。
周りを見廻して、「コイツらには勝てんなぁ」と思う日々。
 そんなところでしょうか。

 しかし、私は「Sh15uya(シブヤ15)」の主人公「ツヨシ」のように現状に”疑問”を抱いて生きていただろうか。
 現状に”疑問”を抱く事で”哲学”になると思う。
既成の思想に対する疑問は、哲学的ではあったも”哲学”ではないのだろう。
”哲学”のない成長は”自我”の醸成が不十分を招く…。

 特撮モノでそんなことまで考えてしまうのは、やはり自我の醸成が不十分なオヤジだからか、安いウィスキーを飲み過ぎたせいか。

 どんなに後悔しても惜しんでも15の時は取り戻せるべくもなく、週が明ければシステムテストにむけてプログラムのチェックとテストデータの作成を段取りしないといけません。
 オヤジにはもう”哲学”する余地は残されていないのか…。

 担当/ウィスキーが抜けるまでもう少し寝ます ARIO

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コメント (1)

ARIOさんに勝てんとこなんて
一杯あったなぁ…

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