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2008年10月19日

親孝行プレイ

関西では、毎週水曜日の深夜25時25分ぐらいから『親孝行プレイ』という番組をやっている。
安田顕、要潤、斉藤工の三人が同居する兄弟を演じ、遠方に住む両親に親孝行する…というコントドラマ。
僕は、1回目は見たけれども、肌に合わなくて続けてみる気が失せてしまった。

原作は、みうらじゅん大先生の同名エッセイ。が、ドラマとは内容はまったく違う。
原作では、実際にみうらじゅんが、両親や母親を旅行に連れて行ったり、時には、親友のいとうせいこうの家族も巻き込んだりしながら、自分に「これはプレイなのだ」と言い聞かせつつ目標を達成しようと奮闘する様が非常に面白い。

で、この日曜日、僕も親孝行プレイらしきものをやった。
母親が、このところ悩みの多かった僕を連れて、京都の『釘抜地蔵』に行きたいというのに、同行したのである。

以前から、母親は京都市街のやや外れにある小さなお寺に興味があり、友人と一度訪れていたことがある。
そのときも、ネットで具体的な場所や交通アクセスを調べたりしたのだが、今回は同行するのである。
僕自身が迷わないように場所をしっかり確認し、乗り継ぎの際の市バスの系統を覚えておかなければならない。
ご存知のように、京都市街の市民の足は、市バスである。
しかも「アホか?」と言いたくなるぐらい、路線の系統が多い。
京都の住人でも把握し切れていない数のバスが走っているのだから、府外の人間がちょっとバスの番号を間違えようものなら、いったいどこに連れて行かれるかわからないのである(オーバーすぎると思っている遠方の方がいるかも知れないが、これはマジである)。

母との協議の結果、当日は阪急電車で行くことになった。
終点の『河原町』駅を降り、駅の市バス路線図(京都はこれが充実している)を探して、高島屋の地下街から地上に上がり、バス停を探す。
これで安心してはいけない。ひとつのバス停でも、いくつもの系統のバスが止まるのだ。
2〜3台のバスをやり過ごし、ようやく『釘抜地蔵』の近くへ行くバスに乗った。
乗車時間は20分ほどだっただろうか。
京都の市バスはいつも混雑しているが、その喧噪のせいで停留所のアナウンスが聞こえにくい。
しかも、バス停の名前が似ているのが多いのである。
僕たちの降りるバス停は『千本上立売』。が、その直前が『千本今出川』、その前が『千本中立売』。さらにその前にも『千本○○』と千本が続き(千本通を走るバスだから仕方がないのだが)、うろ覚えだと絶対に間違えて降りてしまいそうで、本当に覚えたバス停の名前が合っているのか不安になってくるのだ。

とりあえず、僕たちは、なんとか目的のバス停で降り、難なく『釘抜地蔵』に着くことができた。

『釘抜地蔵』とは、“苦”を“抜く”に通じることから、京都市民以外にも他府県からもお参りに来る人が多いと聞いていたが、意外にこじんまりとしていて、少々、拍子抜けした。
が、本当にご利益があるのか、市民らしい人々が既に数組お参りに来ていて、さらに観光客風情の人たちも後から後からやって来ているのが印象的だった。
このお寺では、本堂の周りを年齢(数え年)の数だけ回るとご利益があるというので、僕は本来44回廻ればいいのだが、今年、満70歳になった母は、71回廻らなければならない。
そこで、僕は“面倒くさい”思いを封印し、これは“プレイ”なのだと自分に言い聞かせ、自分の廻る回数と、母親の回数を交換する…という荒業に出たのである。
本道の脇に設置してある竹の棒を年齢の数だけ手に取り、お参り慣れしている人を真似ながら、小さな本堂をグルグル廻る。
これは、けっこう楽しいものであったし、母親も満足した様子であった。

帰りには、四条河原町に行く別系統のバスに乗り、車窓の風景の違いを楽しみ、阪急電車に乗る前に高島屋のレストラン街で、二人でうどんを食べ、阪急梅田駅ではお茶まで飲んだ。ちょっとした旅行気分を味わうと同時に、ふだん迷惑や心配ばかりかけているバカ息子が、ちょっと孝行息子に“レベルアップ”したような気にさえなった。
そして何より、母親も、その日はいつもよりずっと上機嫌だったのが、もっとも喜ばしいことであった。

みなさんは、家族サービスに忙しいとは思うが、たまには“親孝行プレイ”もやってみてはいかがか…などと思った次第である。

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コメント (1)

ありがとう。
おめでとう。
あーあやかりたい、蚊帳つりたい。

私はV-oyageだけですよ。

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