按摩と女 = 山のあなた 徳市の恋
表題の映画(旧作タイトル=新作タイトル)を見てきた。前回、映画館に足を運んだのは「年」単位で前のことだ。
70年ぶりにリメイクされたこの映画、なぜ今の時期にリメイクされたのか知らないが、台詞まわし、カメラワークを含めてほぼ完全にオリジナル作品の「コピー」であった。
ある山間の温泉地に歩いて向かう按摩の徳市と福市の二人。彼らは「目明き」を追い越すのが何よりも楽しみだ。途中で追い越された馬車の中にある女性を見つける(実際には気配を感じる)。着いて早速、徳市はその女性の相手をするが、何となく気にかかる。東京から来たというその女性、なぜこんな温泉地にいるのか、いつまでいるのか、とにかく気になる。そのうち宿屋荒らしが温泉場で発生、徳市はある疑念を抱きつつ、自分の思いに苦悩する。
「恋」は旧字体で「戀」と書く。「いとしい、いとしい、というこころ」と書けば良い、とどこかで聞いた事がある。「気になる」、「気にかかる」という気持ちは行き着くところは「いとしい」ということなのだろう。
徳市の女性に対するどうにもならない気持ち、ある種の健気な気持ちが十分伝わる佳作だと思う。
その人は隣の女子大の1年先輩であった。あるサークルに入ろうかどうか迷っていたある日、たまり場でその人がいるのを見た。その場で入る事を承諾し、その日から苦しいまた楽しい日々が始まった。
そのサークルでは公式、非公式を含めてほぼ月1回の合宿があり、毎回参加した。その人は毎回来る訳ではなかったが、参加したときには当然うれしかった。行き帰りが車になることも多く、同乗できた時には天にも昇る気持ちであった。
そのうち、男の先輩連に自分の気持ちが知れるところとなり、冷やかされながらも気持ちが冷めることはなかった。同期には女子学生しかいなかったのだが、彼女たちにも励まされつつ、日々が過ぎて行った。当時、自分の気持ちをどう伝えてよいかわからなかったのだ。
とにかく、その人が行くところへは自分も行き、興味がありそうなことは情報を集め(今、思い返すと「ご苦労さんなこった」という感じである)、まあ、なんとか気を引こうとしていたのが、赤面ものである。
そして、その人が卒業を控えた時期、追い出しコンパも終わりにさしかかり、その人が帰路についた。しばらくして、後を追っている自分がいた。駅でしばらく話をして…見事、玉と砕けた。3年間よく頑張りました。
その夜は男の先輩の下宿に泊めてもらった。何を話したか覚えていない。酒が飲めた訳ではないので、クダを巻くこともなかったのだと思うが。
このことはかなり後まで(「年」単位で)尾を曳いた。何だか臆病になった。後悔もしていないが。「戀」は実らぬものである事を悟ったのだ。
こんなことを思い出させる映画であった。
