DT時代 〜あるいは或る高校生の恋〜
みうらじゅん用語ではドーテーをDTと呼ぶ。これは、僕がまさにDT真っ盛りの頃の話だ。
高校生の頃の僕は、恋をしていた。いくつも恋をしていた。
ガリガリに痩せこけたいかにも頼りないメガネ野郎が、いくつもの恋を同時にできたのは、それはそれらの恋がすべて僕の内面だけで処理されており、どれも対象となった相手に伝わっておらず、僕が勝手に始めて勝手に終わっていたからに過ぎない。
しかし、そのうちの一つだけは、なんとなく相手に伝わったのではないかと思う。
いや。たぶんハッキリ伝わっていただろう。
でも、突然始まって、突然終わったから、彼女は、ビックリしただけで、いったい何だったんだと不思議がっただろう。
高校2年生のとき、僕はクラスメートの女の子に恋をした。
肌が、まさに陶磁器のように白くトゥルントゥルンの女の子で、日本人にしては赤みの強い髪と、黒目がちの目が印象的な女の子だった。
背がそんなに高くなく、いわゆるトランジスタグラマーだったこともよく覚えている。
しかし、彼女のそういう部分に目は行っていたものの、最初の頃は恋する気持ちは薄かった。
彼女を意識し始めたのは、生物のカエルの解剖のとき、他の女の子がギャーギャー喚いて逃げ回る中で、ただ一人、ほぼ平然とした面持ちでメスで心臓を取り出したときだった。
出席番号が近かったので、同じ班だった僕は、その子のことを、ちょっと変な子と思って眺めていた。
でも、ちょっと変な子だったから、僕の中では大いに目立つ存在になっていった。
僕は、2年になってからクラブ活動を美術部に変えた。
僕の入部した頃の美術部は、ほぼ“第2卓球部”もしくは“ピンポン野球部”と呼ばれるような体たらくではあったのだが、それでも文化祭には絵を描いて掲出しなければならない。
で、僕は何を描こうか、いろいろ考えあぐねた挙げ句「あの子を描こう」と思い至った。
しかし、その子に「モデルになってください」という勇気がない。
「断られたらどうしよう?」とか、「変なヤツに思われたらどうしよう?」という思いが先に立って、なかなかダイヤルを回せなかった。
でもそれでは絵は描けないままに終わってしまうし、これはチャンスなのだという思いもある。
僕はなけなしの勇気を振り絞って、彼女に電話をした。
「いいよ」と、彼女は割とあっさり了解してくれた。
正直、さんざん悩んだのにあっさりOKをもらえてしまって、僕は逆に肩すかしを食ったような気がした。
それから後は、学校や、放課後帰宅してから電話で、僕は彼女と少しだけ話すようになった。
しかし、それでも僕は異様なまでにドキドキしていて、不安で不安でならなかった。
だから会話も弾まないし、あっという間に終わってしまった。
彼女は、そういう僕を相手に、ずっと淡々としていたが、実際にはどんなふうに思っていたのだろう。
絵のモデルといっても、彼女を目の前に座らせて、生身の姿を描く訳ではない。
彼女の写真を撮らせてもらって、それを見ながら描くのである。
で、僕は、当時写真部だったkakkaをカメラマンに仕立てて、彼女の写真を撮ってもらうことにした。
当時のkakkaは、学校で厚い信頼を得ている男だったので、その方が彼女も安心すると思ったのだ。
すると彼女も「○○さんを連れて行ってもいい?」と提案をしてきた。
当時の○○さんは、学校でもある意味で評判だった女の子だったので、僕はガッカリした。
僕たちは日曜日に、4人連れ立ってポートアイランドに行った。
そして、36枚撮りのフィルムを使い切るまで、彼女を撮影した。
そのとき、何を話したのか覚えていない。他に何かして遊んだかも覚えていない。
ただ、夏の終わりの強い日差しで、眩しかったことだけは覚えている。
そうして上がってきた写真の中から、僕は、彼女が異人館のテーブルで休んでいる姿を選び、それを描くことにした。
美術準備室にあった大きめのキャンバスをイーゼルに立て、僕は下絵から少しずつ油絵を塗り重ねていった。
今、思い出してみると、当時、僕と彼女の席は前後に並んでいたように思う。
僕の前の席の彼女に、焼き増しした写真を渡したことは記憶している。
いや、他にも、手紙やら何やら渡した。
思い出すだけでも恥ずかしいのは、僕は彼女の似顔絵を描いて渡していたことだ。
「ありがとう」と、彼女はまた無表情にお礼を言ってくれた。
僕は、もうそれだけで恥ずかしくて、すぐに俯いてしまった。
ある日、僕は思いを押さえ切れなくなり、彼女に「二人で一緒に映画を見に行こう」と電話をした。
彼女の答えは「考えとく」だった。
当時の不安ばかりで自信のない僕にとって、女の子の「考えとく」という言葉は断りの言葉と同じだった。
僕の気持ちは、それで一気に失恋モードへと突入していった。
数日して、僕は彼女に「映画は、一人で行くよ」と言った。
彼女は不思議そうな顔をしながら、淡々と「うん。わかった」と答えた。
僕はまた、すぐに俯いた。
そこから、僕は、彼女と話すことはなくなってしまった。
ただ、美術教室で彼女の絵を描くばかりになった。
彼女の顔は、もっとこうだ。ここは写真ではこう見えるけど、実際にはこうだ…
なんてことを思いながら、何度も何度もさまざまな色の絵の具をキャンバスに塗り重ねた。
一通り塗り終えても、まだ違うという気持ちが湧き出てきて、何度も何度も塗り直した。
けど、結局、僕が満足いくところまでは完成させることができなかった。
その絵は、同じ美術部のクラスメートには冷やかされ、東京の芸大に行った先輩には褒められた。
文化祭の折に掲出したときには、何人かの人が見てくれただろう。その人たちの評価は知らない。
中途半端に描き終わった絵だけれど、中途半端な僕にはそこまでしか描けなかった。
僕は、その絵を持って帰ることもなく、美術準備室に眠らせてしまった。
今、あのキャンバスは、どうなっているんだろう。
きっと、何年か後の後輩が、絵の具を削り、ホワイトを上塗りして、
全然違う絵が描かれているんだろうな。
