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2007年11月25日

あの頃の僕らは…

県立M高校の体育館のピロティは、行き場をなくした畳が敷き詰められていて、

休み時間や昼休みになると、生徒たちのプロレスのリングと化していた。



僕たちが高校生だった頃の20数年前は、プロレスの大ブーム。

タイガーマスクや猪木、藤波、マスカラスに、スタン・ハンセン、

ザ・ファンクスやブッチャー、シン、背中に毛が生えていた頃のホーガンに、

生徒たちは成り切って本格的な試合をしていた。



その当時は、僕とよいの氏は、同じ場所で遊んではいたが、

まだ直接的な面識がなかったので、お互いに違う相手と戦っていた。



僕は、その頃からすでにジュニアヘビーの体型だったが、

野球部エースやら、巨漢の帰宅部などと、激しい戦いを繰り広げていた。

得意技は、前方回転エビ固め(ローリングクラッチホールド)と、

ジャックナイフ式エビ固め(ジャパニーズレッグロールクラッチ)。

本当は、ウラカン・ラナにもチャレンジしたかったが、

僕は体型は細くても背がそれなりにあったため、頭を打つのが怖くて、

最後まで実践することはできなかった。



2年のとき、僕と同じクラスに、F君がいた。

彼は、僕と背格好が似ていて、あるとき、どちらが強いか比べることになった。



序盤は、お互いにチョップ、パンチの応戦。

しかし、相手の体型が頼りなさ過ぎて、お互いに思い切った技が出せなかった。

で、「まぁ、持ち上がらないだろう」と思いつつ、

ツームストン・パイルドライバーを狙ってみた。

すると、タイミングが良かったのか、彼の身体がフッと持ち上がった。

彼もビックリしたのか、僕に逆さまに持ち上げられて慌ててしまい、

足を動かしてもがき始めた。

そのまま膝を落とすと技としては完成するが、F君が畳の上に頭を強打するので、

怖くなって、スポンジマットのところまで移動し、受け身が取れるように投げ捨てた。

以来、彼とは、戦うことがなくなった。



その後、F君は自分より小さな相手を主な対戦相手に選んでいたようだった。

しかし、身体は小さくても筋骨隆々で意外にパワーのあるA君に、

思い切りフロント・ネック・チャンスリー・ドロップを決められ、

鼻から、得体の知れない黄色い液体を出し、保健室から病院へと運ばれていった。



また、あるときは、授業になってもF君がいないなぁ…と思っていたら、

しばらくしてから頭に包帯を巻いて、教室に戻って来たことがあった。

「どうしたのか?」と本人にたずねてみたら、

「廊下にいるお前(僕)に、ドロップキックしようと思って、

ジャンプしたら教室の扉の桟に頭をぶつけたんや…」とぼそっと言った。



最初は、あの頃の僕らはバカだったというオチで書こうと思ったのだけれど、

ここまで書いて、あの頃のF君よりはマシだったと、思うに至った。





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コメント (1)

闘ってたかな?



そういえば闘った事あるような…

しゃ・ちょうと。

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