『懐かしのヒーロー』と『ノスタルジー』と『創造の怠慢』
昨年は「ウルトラマン」「仮面ライダー」「機動戦士ガンダム」が劇場で公開された。
自分が生まれた年にウルトラマンのテレビ放映がスタートし、幼少期に仮面ライダーシリーズが始まり、多感な少年時代にガンダムに刺激を受けた世代としては、とてもノスタルジーをかき立てられた年であった。それと同時に、私と同年代の人たちが、世の中の中心となって、トレンドやマーケットやカルチャーを牽引しているのだなぁと実感した年でもあった。
先日、高校時代からの友人と久しぶりに会った。若い頃はオタクに片足を突っ込んでいたと言ってもいいような二人だったので、話題も自ずと懐かしいテレビ番組から最近のノスタルジックな風潮に及んでいった。
そのとき友人がボツリとつぶやいた。
「結局、オレたちは何も新しいモノを生み出してないんだよなぁ」
その一言を聞いて、私は背筋が冷たくなった。
言われてみればそうだ。ウルトラマンも仮面ライダーもガンダムも、私たちが子供の頃に憧れたヒーローたちはどれも当時の大人たちが創出したものであり、今、それをテレビ番組やCMや新商品やキャンペーンなどで取り上げている私たちの世代は、そのヴァリューを借用しているに過ぎない。
確かに、それらのヒーローたちは若い世代に新鮮な印象を与えるかも知れない。しかし、それをプレゼンテーションの場に引っ張り出してくる私たちの世代は、「昔、こんなヒーローがありましたね」と、ノスタルジックなシンパシーを確かめ合っているだけなのだ。
それって、創造的なことと言えるだろうか?
ノスタルジーという甘い感覚にごまかされて、新しいモノを作り出す努力を怠っているのではないだろうか?
アニメのヒーローに限らず、映画も、音楽も、様々な分野でリメイクやリバイバルが大いに流行している。
友人の一言がきっかけで、私はこうした風潮を諸手を上げて喜ぶ気にはなれなくなった。
私はサラリーマンではあるが、職種はコピーライターという曲がりなりにもクリエイティブな仕事に携わっている人間である。
ここらで、もう一度、“自分にできる新しいモノとは何か?”を問い直してみようと思う。
